-安部建設70年の歴史-
歴代社長

創業者:安部金正
二代目社長:安部正孝
三代目社長:安部良
社訓は2代目社長である安部正孝が若くして社長に就任した際に、会社としての芯を作る為に熟考を重ねて策定した。
今現在もこの社訓の言葉の通りに、社員一丸となって日々の仕事に真面目に誠実に責任を持って取り組んでおります。
| 大正12年 | 創業者安部金正、大分県上浦町に生まれる |
|---|---|
| 昭和20年 | 戦前中国に渡り事業を展開。終戦後シベリアに抑留され4年後に帰国。 |
| 昭和24年 | 福岡三池炭鉱にて働く。 |
| 昭和26年 | 戦後復興の最中、先々の事を思案し、若松港に再三出掛けていた所、縁があり、津久見湾工事に誘われ、3年間工事に携わり経験と実績を積む。 |
| 昭和29年 |
様々な縁や後押しもあり、独立して安部組を設立。
事務所が借家ながらも、日々切磋琢磨に工事を行い、会社としての礎を築いて行く。 ![]() |
| 昭和38年 |
安部組を組織変更して安部建設株式会社となり、現所在地に事務所設立。 Aクラスの会社として、津久見のみならず、市外の工事にも多く携わり、この時期に先々を見据え、一早くブルドーザーの購入を行い、その後キャタピラ一社のショベル、T.C.M、ユンボと揃え、機械施工での工事の工期短縮、効率化を図る。 |
| 昭和39年 |
高浜漁港の工事が始まる。現場監督も現地へ住み込みで出向き、地元の方々との協力の元に工事を行い、深い縁が出来る。 この頃に、港湾工事の発展を見据えて建造していた豊栄号(台船)が完成し、進水式・祝賀会等、地元上浦で盛大に行う。 |
| 昭和54年 |
港湾工事の増加を見据え、現行の国州号(台船)を建造。 |
| 昭和61年 | 2代目社長に安部正孝が就任。 |
| 昭和62年 |
彦の内トンネル竣工(佐伯建設JV) 国州号を改造し、大型のクローラークレーンを搭載した第二国州号に。 |
| 平成8年 | 津久見港港湾工事にて、自社台船による施工で実績を上げる。 |
| 平成12年 | 津久見市建設業協会支部長就任(2期4年在職) |
| 平成10年 | 浦代トンネル竣工(薬師寺建設JV) |
| 平成14年 | 荒代トンネル竣工(梅林建設JV) |
| 平成16年 | 高取トンネル竣工(協和産業JV) |
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| 平成16年 | 大分県建設業協会副会長就任(2期4年在職) |
| 平成19年 | 新日見トンネル竣工(協和産業JV) |
| 平成22年 | 3代目社長に安部良が就任。安部正孝は会長へ就任。 |
| 平成27年 |
新徳浦トンネル竣工(東和建設JV)
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| 平成29年 |
台風18号の豪雨災害により津久見市全体が甚大な被害に襲われる。 復旧作業に津久見支部とも連携して取り組み、激甚災害事業として行われた各種河川、砂防堰堤工事等に尽力する。 |
| 令和5年 |
創立70周年を迎え、更なる事業発展拡大の為、老朽化が進んでいた自社機械、設備類を更新、新たに導入。
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